しろラボ

かしこくなりたくてせのびするブログ

才能と孤独と傷|人は自己肯定のために必死で才能を獲得する

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読書していて泣くことはなかなかないのですが、この言葉を読んだ時は涙腺が緩みました。

 

才能なんか誰にもありません。全ては外部から入ってくるものです。才能というのは、その人が小さい時から自分の孤独と傷を癒すために、必死で自分を肯定しようとしてきたことの結果なんです。

-小倉千加子

 

何かに秀でるためには、ピアノでも執筆活動でも「1万時間取り組む」ことが必須であると言われています。1日3時間なら10年。1日6時間なら5年かかりますね。

 

私がこうしてブログを執筆し、フリーライターとして収入を得ている背景には、学生時代から続けてきた「ひたすら書く」という行為があります。

 

なぜひたすら書いたのか?それは誰にも言えない思いを自分ひとりで処理するためでした。「人に話したところでどうしようもない」「弱みを握られる」と考えていたものですから、心に傷を負ったとしても、どうしても自分で治療しなくてはならなかったのです。

 

まさに「自分の孤独と傷を癒すために、必死で自分を肯定しようとしてきたことの結果」として、私は何千時間も書くことを続け、徐々に紛れもない「才能」へと近づいているのです。

 

まだまだ才能だと言い切れる実力ではありませんが、いつかそう言えるくらいになると信じています。

 

ジョン・レノンの才能と母の愛

才能はと孤独と傷の関係性がわかるエピソードとして、ジョン・レノンと彼の母親ジュリアの物語を紹介します。

 

 

ジョン・レノンの母ジュリアは、中流家庭の末っ子です。甘やかされて育ったせいもあって、感情のままに生きる奔放な性格の女性でした。

 

ジュリアの結婚相手アルフレッドは、9歳の時に親がなくなり孤児院で育った男性です。ジュリアと出会った時は客船の客室乗務員と働いていました。問題が多く、無計画で、あまり品行が良いとは言えない人です。

 

ジュリアとアルフレッドの間にジョンが生まれても、アルフレッドは滅多に家には帰って来ず、ジュリアとジョンをほったらかしにしていました。

 

 

ジュリアは夫の帰りを大人しく待つタイプではありません。とある陸軍将校と子供を設け(すぐに養子に出された)、さらにはジョンのことを顧みずホテルのウェイターとの同棲を始めます。

 

ジョンは次第に情緒不安定なところが見られるようになり、結局は母の元を離れ、ジュリアの姉ミミと共に暮らすことになりました。

 

ミミのもとで秩序と安心の保たれた生活を続けるうちに、ジョンの状態は次第に落ち着いていきました。成績優秀の彼は難関の進学校に進学し、真面目に勉学に取り組みます。

 

 

ところがジョンの生活態度と成績は一変します。かつての母親ジュリアと再び接近し、毎週のように会うようになったのです。

 

ジョンは母親からバンジョー(弦楽器の一種)を習い、友達のように仲を深めていきます。その後ジョンはミミに内緒で安物のギターを買い、客の前で演奏するようになりました。

 

 

ジョンはますます音楽に傾倒し、母親はさらに大きな支えとなります。……しかしジュリアは交通事故でこの世を去りました。

 

音楽を通じて母親との関係を修復し、深めていく途中で、ジョンは母親との絆を取り戻すチャンスを永久に失ったのでした。そして残されたのは、「音楽」だけでした。

 

 

ジョンにとって「音楽」は、永久に失われた母親を思い出し、孤独を癒し、心の傷を治す唯一の方法となったのです。

 

 

参考文献:『母という病』 p63-66

 

ジョン・レノンがあれほどまでに素晴らしい才能を発揮したのは、孤独から母の愛を求める精神、そして敏感な心にいくつもつけられる傷ゆえだったと考えることもできます。

 

ジョンの才能を羨ましいと思う人は数多に存在するでしょう。しかしその背景にある孤独と傷を想うと、安易に羨ましがることも憚られるかもしれません。彼の払った代償はあまりにも大きかったのでした。

 

才能の片鱗を見出す

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自分の過去を思い出してみて下さい。そして自分の孤独と傷を癒すために必死になって打ち込んだことを思い出して下さい。そこには才能の片鱗が隠れています。

 

それがゲームなら、システムエンジニアやプログラマー・Webデザイナーとして生き生きと仕事に打ち込めるかもしれません。

 

それが読書なら、小説家・コラムニスト・編集者・校正・ライターになって成功できるかもしれません。

 

それがスポーツなら、トレーナー・スポーツジャーナリスト・スポーツ選手・インストラクターとして活躍できるかもしれません。

 

その才能を得るために払った代償は大きすぎるかもしれません。でも、せっかく代償を払って得た才能を無視するのもあまりにもったいないことです。

 

才能の片鱗を見出したなら、それを自分のために役立てられる方法を考えてみましょう。一見役に立ちそうにないことでも、絶対に何かには繋がるものです。

 

私だって、自分の感情を書きなぐっていたあの経験が、文章力に繋がるとは思いもしませんでしたよ。そもそも「文章力ないや」と思っていたくらいです。

 

何もジョン・レノン並みの才能を見出せと言っているわけではなく、あくまで「片鱗」、ちいさな才能の種を見つけてみては?と提案しているだけです。

 

可能性にフタをせず、幅広く考えてみて下さいね。