しろラボ

かしこくなりたくてせのびするブログ

やりたくないことを追求する|やりたいことなんて普通ないから

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「やりたいことは何?」「やりたいことを職業に!」「やりたいことを見つけなさい。」なんて言われて辟易した覚えがあります。

 

そんなもの、ないです。

 

と答えたくなりました。本当にやりたいことなんてなくて、私にあったのは無数の「やりたくないこと」でしたから。10代や20代やそこら、世界や社会のことをそんなに知らない段階でやりたいことだらけって珍しいと思いますよ。

 

私の人生は「やりたいこと」を追求するのではなくて、「やりたくないこと」を排除することで成り立ってきたと感じています。そのことに気づかせてくれたのが、大学生の頃に何度も著作を拝読した、中島義道さんの言葉です。

 

私は、やりたくないことは絶対にできない性分だったのです。

 

それを自覚するようになり、やりたくないことを長い時間をかけてひたすら排除していき、そうして残ったたったひとつのもの、それが私の本当の「やりたいこと」でした。

 

-中島義道

 

中島さんはものすごく人間嫌いな方で、現在は人と極力接しない生活をなさっています。たまに人と接するのも「孤独の時間を味わうため」というような趣旨を記していた記憶があります。

 

やりたくないことを追求した結果

参考として私のやりたくないことと、現在の生活を紹介しておきます。

やりたくないこと

 

  • 大勢の人と接する
  • 人の顔色を伺う
  • 飲み会などに参加する
  • 長時間作り笑顔をする
  • 暗黙の了解に従う
  • 動き回って働く
  • 1日6時間以上働く
  • 自分の時間が浪費されること
  • 尊敬できない人の指示に従う
  • 複雑な人間関係に巻き込まれる

 

なんとワガママな!と思うかもしれませんが、これが私の本音でした。そしてどうしてもやりたくないことでした。(おそらく、本音でやりたくないことを書き出すと、誰しもこのくらいワガママな感じになると思いますよ。)

 

そもそも6時間以上働きたくない時点で正社員はNGですよね。というわけで、大学を卒業して新入社員として入った会社を解雇されてからは、フリーターとして生活していました。

 

1日5~6時間の勤務を週4程度。ネットからの収入もわずかながらあったので、これでも何とか暮らしていけました。

 

現在の生活

フリーターとして働いていると、大勢の人と接する、人の顔色を伺うなど、やりたくないことがどんどん嫌になってきました。1日6時間以内の勤務で済むのはありがたいのですが、やりたくないことだらけなのは変わりなかったのです。

 

そこで、少しずつライターとしての仕事が軌道に乗り始めていたので、思い切ってフリーターをやめました。そして仕事に打ち込んだ結果、今の生活に。

 

1日3~6時間の仕事で、ちゃんと暮らしていけるだけの収入は得ています。しかも、のんびりコーヒーを飲んだり、本をがっつり読んだり、植物を眺めたりする時間は十分にあります。

 

「やりたくない」を追求してもいい

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正直なところ、私には際立った才能なんてありません。ちょっと文章が書ける程度です。それでもこんな暮らしが手に入ったのは、私が「やりたくないを追求する姿勢」を崩さなかったからなのかもしれません。

 

世間体や親の意見をとても大切にする人だと、こんなワガママな姿勢を追求することなんてできないでしょう。自分を押し殺して他者軸で生き続けるだろうと思います。

 

でも、やりたくないことを追求するのは悪ではありません。

 

追求した結果、自分がちょうど良い具合に社会に収まって、しかも仕事が得られるならむしろかもしれませんよ。仕事が得られるということは、何らかのカタチで社会の役に立っているというわけです。荒唐無稽な論ではないはずです。

 

「やりたいこと」の呪縛に囚われていたり、世間体や親に縛られている人にとって、「やりたくない」を追求することはたいへんな勇気が必要でしょう。

 

しかし少しでも「このままは嫌だ」と思うなら、多少の犠牲を払ってでも追及の道へ進む価値はあります。

 

最初はほんの小さな「やりたくない!」でも構いません。

 

その小さな行動から「やりたくないことが少ない暮らし」を構築していってください。強く応援しています。