しろラボ

かしこくなりたくてせのびするブログ

生きていない時間を消すこと|死んだように生きないために、私たちができることは?

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生きていない人生は普通なのか?

充実感を感じて生きていると思えるのは、趣味に没頭し、友達と遊び、好きなだけ遊びまわっている時。

 

空虚感を感じて生きている気がしないのは、勉強をやらされたり、仕事を押し付けられた李、嫌なことをし続けている時。

 

こんな風に時間を「生きている時」と「生きている気がしない時」の2分割にすると、どうしても人生は後者の時間に埋め尽くされてしまいがちだ。

 

9時から21時までイヤイヤ働いて、帰ったら1時間だけお酒を飲んで楽しんで、そして寝る生活を続けているとしたら?もうほとんど生きていないようなものである。

 

かつての私のように「そんなの普通じゃないか」と考えている人は、本当に「普通」なのか考えて頂きたい。

 

人生の大半を生きていないかの如く生きることが、本当に普通なのだろうか?むしろ異常なのではないのか?

 

苦しみを苦しまないでもいい

仏教ではこの世が苦しみであると説いているが、だからと言って「苦しめ!」と伝えたいわけではない。苦しみで満ちていることを理解し、そこから明るく生きる方法を見い出す智慧を与えてくれる。

 

そこを勘違いして「人生はどうせ苦しみだから」と生きていないかのように生きるのは、自分のためにも、自分の大切な人のためにもならない。

 

世の中では「頑張って勉強しろ!」「仕事が楽しいわけないじゃないか!」なんて言葉が飛び交っているから、勉強も仕事も苦しいものなんだなと勘違いしがちだ。でも、考え方を変えれば楽しいものに生まれ変わる。

 

  • 勉強は楽しんでいい
  • 仕事は楽しんでいい
  • 人生は楽しんでいい

 

苦しいと言われているからといって、なんで自分から進んで苦しむ必要があるのだろう?自分は勘違いしているのかもしれない、と認識を見直してみよう。

 

「勉強も仕事も人生もニュートラルで、苦しむことも楽しむこともできるのだ」と理解した時、進んで楽しみを選べるようになるに違いない。

 

どうしても楽しめないなら諦めていい

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人は生まれながらにして、ある程度は能力の限界値や向き不向きを持ち合わせている。勉強や仕事は楽しむことも苦しむこともできるとわかっても、なぜか好きになれない……という時は、その勉強や仕事に向いていない

 

どうしても算数ができないなら、国語を思い切り楽しむ。

事務職で失敗ばかり繰り返すなら、営業職に挑戦してみる。

 

自分に向いておらず楽しめないのなら、そんな風に潔く「諦め」と「転換」を行っても構わない。

 

しかしここで注意点がある。

 

勉強自体、仕事自体を諦めないこと。

 

人間は生きる上で学び続けなければならないし、仕事をしなければならない。これは人間として生まれたからにはちゃんと守るべきことだ。守らないと、うまく社会で生きていけなくなるから。

 

充実感と楽しみを追求する人生を

自分を押さえつけて生きていないかのように生きるのではなくて、もっと自分を尊重して、どうか生きている時間を増やしてほしい。そうする権利はあるのだから。

 

充実感と楽しみの求め方さえ間違えなければ、人に迷惑をかけるどころか、以前よりも人を助けられる人生を歩めるようになる。

 

ワガママなんじゃないかな?と思わなくて大丈夫。自分にとっての「生きている時間」とは何か?「生きていない時間」とは何か?この2つをジックリ考えて、生きている時間を少しずつ増やしてほしい。