しろラボ

かしこくなりたくてせのびするブログ

サンスベリアと人の心

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今日はサンセベリアの植え替えをしました。買った時のプラスチックの鉢から、エメラルド色の陶器の鉢へ。根っこの紅色が印象的で、まだ頭に色彩が残っています。

 

サンスベリアは手間がかからないと評判の植物です。それは、この植物が水をあまり必要とせず、特に気を遣わなくても生きてくれるからです。冬なんて一切水を遣らなくてもいいくらい。

 

 

このサンスベリアの特徴に思いを馳せた時、ふとこの植物の「あまり必要としない」は「必要ない」と認識されがちではないかと思いました。

 

植物なのですから、水は必要であるにきまっています。

 

しかし「私にはわずかばかりの水があればいいんですよ」という控えめな姿勢のせいで、サンスベリアはそのわずかな恵みさえも与えられずに枯れてしまっているのです。葉っぱにはホコリばかりが積もった状態で。

 

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人にも同じことが言えるでしょう。

 

たとえば「私はわずかな愛があれば生きていけます」という子がいたとして、親に「この子には愛が必要ない」と無意識にでも勘違いしてしまうとどうなるか。その子の心は枯れてしまいます。

 

 たとえば「あまり人とは会いたくない」という青年がいたとして、周りに「この人は一切の人との交流が必要ない」と思いこまれるとどうなるか。人として最低限必要な交流さえも無くなってしまいます。

 

「あまり必要としない」はつまり「少しは必要とする」。

しかし「一切必要としない」と認識される。

似て非なるこの分類を、人は何故か勘違いする。

 

サンスベリアは毎日水を遣らなくても、ほんの少し気に掛けてあげるだけで元気に株を増やしてくれます。サンスベリアのように「あまり必要としない」控えめな姿勢の人も、ほんの少し気に掛けてもらえば健やかに生きられます。

 

 謙虚さゆえに蔑ろにされがちな彼らに、ほんの少しのささやかな気遣いを。