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なぜ女性は共感したがるのか|「転びそうになって転ばなかった話」からわかること

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どうして感情を重んじるのか?

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女性の話にイマイチ後れを取る、と今まで何度も感じていた。それは大多数の女性たちが「理論的」よりも「感情的」な話を進んで行うためである。

 

こんなことがあって楽しかった。悲しかった。笑った。泣いた。女性の話は感情の色彩が豊かで、万年色彩の薄い私はなかなかついていけないのであった。理論的な話になると俄然ついて行こうという気持ちになるのだが、なかなかその機会はない。

 

どうして女性は感情を重んじるのだろう?どのようなメリットがあるのだろう?そんな疑問に答えてくれる理論を発見した。

 

女性の感情は過剰に働く

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『女の機嫌の直し方』という本には、「転びそうになって転ばなかった話」という女性の感情の現れ方が如実にわかる例が挙げられている。

 

 

ある女性が出勤するや否や、同期の男性に「さっき、駅の階段でこけちゃいそうになったんです。怖かった~」と話した。

 

男性が「けがは?何段落ちたの?」と尋ねたら、彼女は「……落ちてませんけど?」とあからさまにムッとした表情になった。

 

男性はあとでこう話した。「転びそうになって転ばなかった話って、情報量0だよね」と。

 

 

彼女は転びそうになって、結果的に転ばなかった。極端に言うと、まさにこの話は情報0。男性はまさかそんな価値のない話をするわけなかろうと思い込み、「何段落ちたの?」と訊き返したわけだが、この返しはサイアクだ。

 

女性脳は、「怖い」「ひどい」「つらい」などのストレスを伴う感情が起こるとき、そのストレス信号が男性脳の何十倍も強く働き、何百倍も長く残るのである。そして、共感してもらうと、その余剰な信号が鎮静化するようにできている。

黒川伊保子 著『女の機嫌の治し方』p32

 

 

女性は「転びそうになった」ことで男性が想像できないほどの恐怖を感じ、出勤早々その恐怖を鎮めるために「怖かった~」と話し掛けたわけである。女性は助けを求めていた、と言い換えることもできる。

 

だから男性は「それは怖かったね」と共感するのが正解だった。「何段落ちた?」なんて返した時には、相手が妻なら狂乱しているかも。

 

そこまで感情を感じなければならない理由とは? 

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どうしてそんなに恐怖を感じる必要があるのか、と戸惑う人もいるだろう。その理由は、女性は哺乳類のメスのため自己保全が生殖の第一条件であるということに端を発している。

 

自己保全のためには、危険なことはきちんと記憶し、二度と同じ目に逢わないように注意しなくてはならない。そこで感情を利用し「危険な事態」を鮮明に記憶するという方略を選んだわけである。

 

記憶術の本にも「感情と共に覚える」なんて項目が必ずと言っていいほど記されているが、それだけ感情は記憶の助けになるのだ。

 

しかしその代償は「余剰ストレス」。過剰な感情によってかなりのストレスがかかるため、どうしても共感によって鎮めなくてはならない。

 

「感情が過剰に働き、その余剰ストレスが共感されることによって解消する」こと。これは、女性脳に授けられた知恵創出のれっきとしたメカニズムである。

黒川伊保子 著『女の機嫌の治し方』p32

 

 

男女問わず何とも面倒だと感じるだろう。しかし女性にとって共感とは生存方略の一環であることを理解しておけば、少しは耐えられるのではないだろうか。

 

「女性には共感」はこの世の心理!

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何度も言うが、女性脳は共感で回っている。共感がなければ生きていけない脳なのである。この本の他すべてを忘れても、「女性に共感」は、けっして忘れないでほしい。

黒川伊保子 著『女の機嫌の治し方』p32

 

この世の「偽の真理」は様々に姿を変えてきた。かつては人殺しが英雄扱い、選民思考が理想扱いされていたくらいである。

 

しかし「女性に共感」は今まで様相を変えなかった真理のひとつなのではなかろうか?

 

はるか平安時代には、日本人女性は「いとおかし」なんてのたもうていたが、現代語訳したら「めっちゃかわいい」である。女性は古来「これかわいいよね!」と共感を求めていたわけだ。

 

仲間内でかわいいと言い合って、女性たちは共感したい気持ちを満たしている。今も昔もその姿はかわらない。

 

前にも述べたように、女性が共感を求めるのは生存方略の一環である。女性は自分がどうして感情に振り回されるのかを理解し、男性は女性がどうして感情的なのかを理解してほしい。

 

そして共感とは意義のあることなのだと認識し、ないがしろにしないように。女性に嫌われるから。